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食探紀行 2004 トルコ・イラン 長距離バス移動の旅 4/4

T U R K E Y 

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食探紀行 トルコ・イラン 長距離バス移動の旅 2004

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おわりに

アメリカ同時多発テロから3年経った2004年の当時、アフガニスタン紛争やイラク戦争など中東情勢は非常に緊迫していました。

トルコもEU加盟交渉が始まる直前。1999年の初回訪問時にはなかった経済発展の期待とイスラムの教えの間で揺れる市民の心の変化は容易く肌で感じる事ができました。少し心配していたクルド人地区は外務省の注意勧告レベルに指定されていましたが、問題の正常化の兆しが見えて来たとの事で旅のルートを変えずに済んだのを覚えています。

イランでは、人権活動家シリン・エバディ氏がノーベル平和賞を受賞、核に関する国際ルールの受け入れ、1979年以来、外資初となる仏ルノーの大規模工業投資の決定などいわゆる10月革命のニュースが流れ、民衆の希望が膨らんでいる時期でした。

中東といえば、タリバンやテロリストを連想されることが多い中、幾度もイスラムの人々の『旅人を心からもてなす』深情に触れ、イスラム諸国へのロマンをなお一層掻り立てるものになりました。

(2018年11月 記)

食探紀行 2004 トルコ・イラン 長距離バス移動の旅

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